イラク代表との親善試合が決定

   2015/05/28

日本代表、W杯アジア2次予選の初戦前にイラク代表との親善試合が決定
引用元:SoccerKing 2015.04.21. 15:55 配信
http://www.soccer-king.jp/news/japan/national/20150421/304481.html

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JFA(日本サッカー協会)は21日、日本代表が6月11日にキリンチャレンジカップ2015でイラク代表と対戦することが決まったと発表した。
同試合は日産スタジアムで行われ、テレビ朝日系列で全国生中継される。
イラク代表は最新のFIFAランキングで86位。現在同ランキング50位の日本代表は過去にイラク代表と10試合行っており、成績は5勝2分3敗で勝ち越している。直近は1月にオーストラリアで開催されたアジアカップ2015のグループステージ第2節で対戦しており、日本はFW本田圭佑のゴールで1-0の勝利を収めていた。
日本代表は同試合の5日後、6月16日にロシア・ワールドカップへ向けたアジア2次予選の初戦であるシンガポール代表戦を控えている。

ハリルはなぜ森重真人を指名した?代表キャプテンを巡る、歴史と個性。
引用元:Number Web 4月21日(火)16時31分配信
http://number.bunshun.jp/articles/-/823153
キャプテンシーは千差万別。
宮本恒靖は冷静沈着にチームを見ようとし、中澤佑二は明るいキャラクターで先頭に立ち、長谷部誠は強い求心力でチームを同じベクトルに向かわせようとする。
それぞれ特色はあれど、チームに対する思いは皆、変わらない。キャプテンマークはチームを思う証でもある。
2015年に船出したハリルジャパンのキャプテンは、まだ決まっていない。監督曰く、
「何試合か過ごしてみて、誰がキャプテンにふさわしいかを判断したい。キャプテンとはチームの模範。良い行動、良いトレーニングをしてもらわなければ困る。仲間と団結心を持っていなければならないし、グラウンド内外でグループが困難に陥ってしまった際に助けることができる人物」(3月19日、メンバー発表会見にて)
ゲームキャプテンは暫定的に長谷部が継続して務め、長谷部が先発しなかったウズベキスタン戦は本田圭佑がキャプテンマークを巻いた。
本田が途中交代後、キャプテンマークを巻いた森重真人。
筆者が興味を持ったのはその本田が途中交代した際、誰が引き継ぐかということ。キャリアを考えればきっと川島永嗣、岡崎慎司だろう、との勝手な読みはあっさりと外れてしまう。指揮官はディフェンスリーダーの森重真人に任せるように指示を出した。確かにこの日の森重は守備を統率し、攻撃でも自身のフィードからチャンスをつくり出していた。集中力があり、何より頼もしさがあった。
なるほどと思った。これも一つの采配。杓子定規に決めるのではなく、実際のゲームを見ていくなかで“本田の次”を決めたような気がした。森重のキャプテンマークに、どのようなハリルの思いがこめられていたのか――。
過日、FC東京の練習を取材した際、彼にあのときの“経緯”を聞いてみた。
「(事前に)何も言われなかったですね。多分、監督がその場で決めた感じじゃないですか」と、やはり本人も予想外だったようだ。
「10のうち自分のことを9考えていた」
森重は現在、J1好調を維持するクラブでキャプテンを務めている。2013年からキャプテンマークを巻いて3年目で、リーダーとしてチームをけん引する立場だ。
FC東京でのキャプテン就任が、彼のターニングポイントの一つでもあった。
「キャプテンになる以前はほとんど自分のことしか考えていなくて、10のうち自分のことを9考えるとしたら、チームのことは1ぐらい。(キャプテンになって)自分のことを9のままにしながら、チームのことを2、3、4と増やしていくような感覚でした。今はもうそんな割合のことなんて考えないけど、(当初は)自分のことをおろそかにしないで、ちょっとずつチームのことを考えていこうと。無理に上げようとしてしまうと、どうしても自分のことがおろそかになってしまうと思ったので」
自分のプレーに責任を持ったうえで、チーム全体を考える割合を徐々に引き上げていった。トータルを「10」から、「12」「13」と増やしていく。周りが見えるからこそ、また違う自分も見えてくるというもの。2013年7月の東アジアカップ以降、代表に定着していったのも、FC東京のキャプテンとして自分のキャパシティー全体を広げたことが、結果的にプレーヤーとしての成長を促した形となった。
代表でレギュラー獲りを目指す時、意識は個人に集中した。
1年前のこと。
ブラジルW杯のメンバー発表前にインタビューした際、彼は言っていた。
「センターバックの2人(吉田、今野)からポジションを奪いたいというその気持ちだけ」
「僕の目標の立て方として、W杯という目標の手前にレギュラー獲りという目標がある。そういったものにまず向かっていきたいというのが、正直なところです」
無風に近かったセンターバックのポジション争いに風穴を開け、レギュラー獲りに意欲を燃やしていた時期。代表では、自分を高めていくことがすなわちチームに対する貢献につながるというスタンスであったように思う。それこそ個人の「9」のほうに全神経を注がなければならなかった。
代表でも「チームに中心になっていかないと」。
ブラジルW杯ではコートジボワール戦で先発の舞台に立ったものの、逆転負けを食らう悔しさを味わった。その後代表への思いをさらに強め、アギーレジャパンではただ一人全試合に先発出場している。代表でのキャリアを重ね、キャップ数も20試合を超えた。
代表のチームづくりから入るようになった今、FC東京でのスタンスに自然と近づいてきているのかもしれない。それこそチームのことが2、3と増えてきているのではないか、と。
そんな筆者の想像をぶつけると、彼はこう応じた。
「一番はレギュラーとしてやっていって、3年後(のW杯)までやり続けること。でもW杯予選も始まってくるし、ときにはチームの割合が大きくなっていくこともあると思う。チームの中心になっていくということでもあるので、中心になっていかないといけない、という自覚を持ってやっているつもりです」
代表でも中心でやっていくという自覚。
ハリルは森重のなかにあるキャプテンシーを見たからこそ、責任ある役割を与えたのであろう。確信を持って、そう思えた。
長谷部がキャプテン交代を申し出た意図を改めて思う。
ふと、ブラジルW杯を終えた最後の囲み取材で語った長谷部の言葉を思い出した。
2012年10月、フランス、ブラジルと戦った欧州遠征の際、彼はキャプテンを交代する打診をアルベルト・ザッケローニ監督に申し出ていたことを明らかにした。
「監督に、もう少し若い選手にキャプテンを任せたらどうですかって言ったんです。でも監督は代える気なんてまったくないようでした。逆に『今までいろんなところで監督をしてきたけど、本物のキャプテンはマルディーニと長谷部だけだ』と言ってくれたんです。(代えてほしいと)言ったことを後悔してしまったんですけどね」
これはザッケローニと長谷部の強い信頼関係を物語るエピソードではあるが、なぜ、長谷部はキャプテンの交代を申し出たのか。人一倍責任感の強い長谷部だけに、そこには深い意図があったはずだ。
潜在的なキャプテンシーが、経験によって花開く。
’10年の南アフリカW杯直前に中澤に代わってゲームキャプテンを務めるようになった長谷部が、のちに「名キャプテン」になっていくことを、あのタイミングで、一体どれほどの人が期待していたか。
彼の潜在的なキャプテンシーは、実際にキャプテンを任されることによって引き出され、その立場が長谷部を人間として、プレーヤーとして成長させた。その事実を身を持って経験してきたからこそ、敢えて次の世代にバトンタッチしようと思い至ったからではなかったか。
チームには本田や岡崎、森重ら北京五輪世代がいて、その下の世代には吉田麻也、ロンドン五輪世代には清武弘嗣、山口蛍たちがいる。ブラジルW杯で結果が出ず、先のアジアカップでもベスト8で終わった。一人ひとりが危機感を募らせ、一人ひとりがチームを思う割合を増やしているのが過渡期である今なのかもしれない。
キャプテンシーのありかたは、千差万別。
森重のキャプテンマークが意味するもの。
キャプテンシーは千差万別。たとえキャプテンマークを巻いてなくとも、それは発揮できるというもの。競争はありながらも、一人ひとりがそれぞれの形、やり方でチームを引っ張ろうとする組織にしたい。
ハリルホジッチはそんな願いを込めて、彼に最後、キャプテンマークを委ねたのではないだろうか。メンバーひとりひとりへのメッセージであるかのように――。

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