仲間として信頼してくれた」

   2015/07/10

長谷部、アギーレ監督解任に「ファンに心配かけ心苦しい」
引用元:サンスポ 2015.2.5 05:03 配信
http://www.sanspo.com/soccer/news/20150205/jpn15020505030006-n1.html

日本代表のハビエル・アギーレ監督(56)の解任から一夜明けた4日、鹿島のMF柴崎岳(22)が「残念」と口にするなど、アギーレ氏の下でメンバーに選ばれた選手たちはショックを受けた様子を見せた。3日(日本時間4日)にブンデスリーガでの試合を終えた代表主将の長谷部誠(31)=フランクフルト=は、「ファンに心配を掛けていることが心苦しい」と口にした。
ドイツでプレーする代表選手もアギーレ監督の解任という突然の知らせに、さまざまな感情を示した。
主将のMF長谷部は「ファンやサポーターの方に、ご心配やご迷惑を掛けていることが一番心苦しい。そこの部分を一番思った」と話した。アギーレ氏については「短い間だったが仲間として信頼してくれ、一緒に戦った。これからいい方に向かってくれることを願う」と思いやった。
シャルケのDF内田は右膝のけがでアジア杯を欠場したが、代表合宿が印象に残っているという。「自分が代表に入ってから、一番楽しそうに練習していた。いい練習をすると思っていた」と言い、解任には「一番悔しいのは監督だと思う。でも、日本協会の気持ちも分かる」と語った。
ハノーバーのMF清武は「自分たちの意見も尊重してくれるし、ピッチでやるのは選手自身だと常に言ってくれる監督だった。残念です」と惜しんだ。

長谷部「ファンに心配掛け心苦しい」
引用元:デイリースポーツ 2015年2月5日 配信
http://www.daily.co.jp/soccer/2015/02/05/0007715545.shtml

日本代表のハビエル・アギーレ監督(56)が解任されたことを受け、アジア杯で主将だったEフランクフルトの長谷部は3日、「ファンやサポーターの方に、ご心配やご迷惑を掛けていることが一番心苦しい。そこの部分を一番思った」と話した。監督については「短い間だったが仲間として信頼してくれ、一緒に戦った。これからいい方に向かってくれることを願う」と思いやった。
シャルケの内田は右膝のけがでアジア杯を欠場したが、解任には「一番悔しいのは監督だと思う。でも、日本協会の気持ちも分かる」と語った。
ハノーバーの清武は鳥栖所属の弟、功暉からの連絡で知ったという。「自分たちの意見も尊重してくれるし、ピッチでやるのは選手自身だと常に言ってくれる監督だった。残念です」と惜しんだ。

長谷部「仲間として信頼してくれた」
引用元:日刊スポーツ 2015年2月5日7時0分 配信
http://www.nikkansports.com/soccer/japan/news/p-sc-tp2-20150205-1430500.html

日本代表監督ハビエル・アギーレ氏(56)が解任された3日、ドイツでプレーする代表選手たちは一様に残念そうな表情を見せた。
ハノーバー清武弘嗣(25)は「自分たちの意見も尊重してくれるし、『ピッチでやるのは選手自身だ』というのを常に言ってくれる監督。のびのびプレーしやすかった。残念です」と惜しんだ。アジア杯で主将だったフランクフルト長谷部誠(31)も「短い間だったが仲間として信頼してくれ、一緒に戦った。これからいい方に向かってくれることを願う」。右膝のけがでアジア杯を欠場した内田篤人(26=シャルケ)は「自分が代表に入ってから、一番楽しそうに練習していた。一番悔しいのは監督だと思う。でも、日本協会の気持ちも分かる」と語った。

長谷部、アギーレ氏解任に「ファンに迷惑、心苦しい」
引用元:スポーツ報知 2015年2月5日6時0分 配信
http://www.hochi.co.jp/soccer/japan/20150204-OHT1T50222.html

日本から遠く離れた欧州のドイツでプレーする日本代表戦士は、アギーレ監督の解任という突然の知らせに、さまざまな感情、反応を示した。
8強で終わったアジア杯(オーストラリア)の4試合すべてキャプテンマークを巻いた長谷部は、「ファンやサポーターの方にご心配やご迷惑をかけていることが、一番心苦しい」と誠実な人柄らしく、まずは周囲への心遣いを見せた。さらに、わずか6か月ながら指導を受けたアギーレ氏については「短い間だったが仲間として信頼してくれ、一緒に戦った。これからいい方向に向かってくれることを願う」と思いやった。
右膝のけがでアジア杯を辞退した内田は、国際Aマッチ10試合を戦ったアギーレ監督のもとでは6―0で勝ったホンジュラス戦(昨年11月14日・豊田ス)しか出場していない。しかし、印象に残っているのは代表合宿だという。「自分が代表に入ってから、一番楽しそうに練習していた」。ただ、解任については「一番悔しいのは監督だと思う。でも、日本協会の気持ちも分かる」と複雑な思いを口にした。
ハノーバー96のMFで、アジア杯1次リーグ全3試合で途中出場した清武は、鳥栖所属で弟のMF功暉からの連絡でニュースを知ったという。「自分たちの意見も尊重してくれるし、ピッチでやるのは選手自身だと常に言ってくれる監督だった。選手はのびのびとプレーしやすかったかなと思う。残念ですね」と惜しんだ。同僚の酒井宏は、アギーレ指揮下最初の試合で0―2と敗れたウルグアイ戦(昨年9月5日・札幌ド)のみ出場。「人格的にはいい監督だと思います」と話した。

志半ばでの契約解除…アギーレ監督、日本代表に残した足跡と情熱
引用元:SoccerKing 2015年2月5日 7時15分 配信
http://www.soccer-king.jp/news/japan/national/20150205/277967.html

会見直前、指揮官との契約解除を伝える1枚のA4用紙が配られた。大勢の報道陣が詰め掛け、熱気が充満していた会見場の温度が更に上昇する。
3日、日本代表として初めてのメキシコ人政権は、突如として幕を下ろすことになった。
かねてから、八百長関与の疑惑が伝えられていたハビエル・アギーレ監督。2日夜に検察側の告発が受理されたことを確認した日本サッカー協会は、3日の会議で指揮官との契約解除に踏み切った。
電撃的な契約解除となったが、如何に苦渋の決断だったかは、会見に出席した大仁邦彌会長の表情が物語っている。硬い表情を崩さず、「手腕を高く評価しています」と繰り返した。就任から10試合で、6勝2分け2敗。初の公式戦となったアジアカップでは、5大会ぶりのベスト8にとどまった。
結果だけを見れば、褒められたものではなかったかもしれない。しかし、1勝もできずに敗れ去ったブラジル・ワールドカップから、再びスタートを切った選手たちの感覚は異なっていたようだ。
アジアカップ敗退が決まったUAE代表戦直後に、長谷部誠は「新しい監督が来て、新しいシステム、やり方でやって、手応えをもちろん掴んだ中でのこういう結果」と語った。本田圭佑は、優勝した前回大会との比較で、確かな思いを口にする。
「前回もよく優勝できたなというような形だったわけですし、クオリティやチームの完成度、戦い方という点においては、絶対に今回の大会の方が高かった」
守備時は4-3-3、攻撃時は3-4-3の陣形をとる可変システムは、縦への早さを生み出した。自主性を重んじる指導法は、選手自らがピッチ上で判断して結論を出すため、各々の意識を高める意味もあった。
そして、選手たちの心に突き刺さった、指揮官の底知れぬほどの情熱も無視はできない。
アジアカップに向けた合宿は、八百長疑惑が世間を騒がせる中でのスタートとなった。疑念の視線が注がれていた初日、指揮官から説明を受けたことを長谷部が練習後に明かしている。
「本当に監督もサッカーを愛しているというか、サッカー人なので。『私はサッカーに対する裏切りはしない』と。そういう意味で、選手たちもサッカー人というか、サッカーバカみたいなものなので、そこでは通じるところがありました」
アジアカップ敗退直後、会見に臨んだアギーレ監督は勝利こそ挙げられなかったが、UAEを圧倒した内容を誇るかのように「上を向いてこれからも続けていきたい」と口にした。敗れてもなお、顔色を変えずに淡々と語る口ぶりは、歩む道は誤っていないという絶対的な自信すらも感じさせた。大会を通じて、6月から始まるワールドカップ予選に向けた確かな手応えを掴んでいた様子にも見える。
約半年前、真夏の日本に降り立った指揮官は、「次のワールドカップを目指すことは、自分にとって非常に価値ある仕事だと思って今回のオファーを受けることにした」という言葉をはじめ、2018年のロシア・ワールドカップへの思いを何度も口にしていた。
アジアカップの借りを返す絶好の機会ともなり、チーム作りも深化していよいよここから――。ところが、そのワールドカップこそが、契約解除の大きな要因になったことは、何とも皮肉だった。大仁会長が説明する。
「我々、日本サッカー協会にとって最大のミッション、使命はワールドカップへの出場ということ。2018年のロシア・ワールドカップの出場権を何としても獲得しないといけない。その予選が6月から始まる。今回の告発の受理によって、これから捜査が始まり、その後には起訴され、裁判が始まる可能性があります。我々としましては、こういう影響がワールドカップ予選にできるだけ出ないように、リスクを排除する必要があると考えました」
選手とコーチとして1度ずつ、監督として2度のワールドカップを経験してきた指揮官である。大舞台の尊さは言うまでもなく身に染みているはずだ。昨年9月のスペインでの第一報以降、どれほど報道が過熱しても一貫して関与を否定しながら、3日に大仁会長から決断を伝えられた際は、契約解除にも「やむを得ない」と同意するしかなかったのだろう。
告発受理こそされたが、アギーレ監督は現時点では有罪どころか起訴もされていない。日本サッカー協会も、「推定無罪の原則ということで、有罪ということを前提に契約を解除したということではない」と強調する。大仁会長も、「アギーレ監督にとって、名誉に関わる大変重要な問題であるという風に思っております。従いまして、アギーレ監督には無実の証明に全力を尽くして欲しいと我々は考えています」と願いを込めた。
「プロサッカーにかかわって39年。スペイン、メキシコ、アメリカ、日本。その39年間、汚点は全くない。その点は信じてもらいたい」
老兵は死なず、ただ消え去るのみ――。半年前、鬼軍曹と恐れすら抱かせながら就任したメキシコ人指揮官は、確かな足跡を残し、誇りを失うことなく、日本での挑戦から身を引くことを余儀なくされた。

いま、アギーレは何を思う――旧知の『マルカ』紙記者が胸中に迫る
引用元:サッカーダイジェストWEB 2015年02月04日 配信
http://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=7416

「この結末は数か月前から予想できた」

日本はアギーレを信じるべきだ――。
メキシコ人指揮官とは旧知の間柄である『マルカ』紙のファン・カストロ記者が、『サッカーダイジェストWeb』にそう綴ったのは、解任の報が駆け巡る数日前のことだった。
ハビエル・アギーレは、解任をどう受け止めているのか。カストロ記者が再びその胸中に迫った。

――◆――◆――

ハビエル・アギーレは数か月前から、この結末を予想していたと言う。ただ彼自身、この決定は不当だと考えている。
現時点では告発が受理されただけで、有罪の判決が下ったわけではない――。それがアギーレの言い分だ。それでも、温かく迎え入れてくれた日本と日本人には感謝したいと言う。
解任の一報は、マドリードの寒い冬の朝に訪れた。スペインで休暇中のアギーレは、その時、マドリードに滞在していた。もちろん、望んだ形での終焉ではなかった。しかし、彼自身にとっても、家族にとっても、それは驚きの知らせではかった。そのサッカー人生でおそらく最大の失望である今回の一件は、予測できたことだったのだ。
アギーレは、日本サッカー協会内外で自身の解任を求める動きが高まっているのを感じ取っていたと言う。騒動の真っ只中に身を置く当の本人に、それが分からないわけがない。
アギーレはいまでも自分は無罪であると固く信じて疑わない。2月末にスペインで始まる捜査にも彼は冷静に立ち向かうだろう。全身から発しているのは、自分は何も間違ったことはしていないという断固とした自信である。
それではなぜ、アギーレは「この結末は数か月前から予想できた」と私に語ったのだろうか。その理由はいくつかある。
まず、日本では告発の受理を非常に重く見る文化的背景と国民性があるということだ。
以前に寄稿した原稿で繰り返し指摘したように、告発受理それ自体はスペインではほぼ何も意味しない。捜査が始まり、その結果によって公判が開かれる、そのスタートに過ぎない。
くどいようだが、「告発受理=有罪」ではなく、罪が確定するのは以上の手続きを踏んだうえでだ。しかし日本では、告発自体を非常に重く見る向きがある。これは文化や国民性の違いでもあり、仕方のないことだろう。アギーレもその点は理解し、受け止めていた。
アギーレが日本と日本人に対して恨みを持つことは絶対にない。アギーレにそう思わせるような態度を、日本人は取っていないからだ。
それでも日本サッカー協会がアギーレの証言を待たずに、告発の受理という段階で解任に踏み切ったのは残念だった。
任期途中での契約解除となったが、違約金はなかったと言う。アギーレはこの点では常に紳士的な態度を貫いており、これまで率いたクラブでも終わり方で揉めた過去は一度もない。

「選手とサポーターに直接さよならを言いたかった」

ベスト8で敗れたアジアカップでの早期敗退は、解任という判断に影響を及ぼしたのか。直接の影響はなかったはずだが、解任を早めた可能性はある。では、優勝していれば解任はなかったか? それは今となっては想像することしかできない。
日本はUAE相手に信じられないほど多くのチャンスを作ったが、それを決めきれず、PK戦の末に敗退した。不運とはいえ、敗退は敗退だ。日本サッカー協会はその後、告発が受理されたのかどうかを確認し、受理という答を得て解任の結論に至った。個人的には、早まった決断だったと思う。
アギーレにとって解任を言い渡された2月最初の火曜日は、30年に及ぶそのサッカー人生で最も辛い一日だったのではないか。家族も肩を落としていた。ずっと近くで彼を見てきた私には、その心中は察するに余りある。
解任の電話を日本サッカー協会会長から受けたその日、アギーレはずっと家族と過ごしていた。世界中の多くの記者が自分を探しているのは分かっていたが、その日は話す気にはなれなかった。熱意を持って取り組んでいたプロジェクト、日本代表をロシアの地で躍進させるという仕事を、いわば途中で取り上げられたのだ。
結果的にアギーレは在任期間が半年と短命に終わった。アジアカップで結果を残すこともできなかった。それでも、その仕事ぶりは選手に好意的に受け取られていた。アギーレがもたらした新たなメソッドを誰もが新鮮に受け止め、意欲的に吸収しようとしていた。
アギーレの目標は、日本サッカーに競争と勝負強さを植え付けることだった。良い流れに乗って進みはじめていただけに、失望は小さくなかったはずだ。
いま、アギーレはともに戦った選手とサポーターに感謝している。本来なら直接彼らにさよならを言いたかった、と彼は言う。
アギーレに対する日本の世論は二分していると聞く。しかし、どんな意見の持ち主に対してもアギーレは感謝している。この半年間、日本で受けたもてなしを、彼は忘れることはない。日本中どこへ行っても、日本人は愛情とリスペクト、節度を持って接してくれたのだから。
アギーレの日本での冒険がこんな形で終わるのは残念でならない。しかし日本には日本の考えがある。アギーレ自身、それは十分に理解し、その考えや国民性を変えるつもりは毛頭ないと言う。
アギーレの半年間には、ポジティブ、ネガティブの両面があった。
ポジティブだったのは、彼が選手と日本サッカー界に「アギーレのサッカー」を提示し、それが広く受け入れられたこと。
ネガティブだったのは、それがわずか5か月しか続かなかったことだ。
アギーレが日本サッカーをどう変えるのか、それを見てみたかったのは私だけではないだろう。

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